名古屋市中区の大須周辺は、江戸時代から大いに賑わっていた歴史ある土地です。

名古屋城下の南に広がる門前町で、芝居小屋や相撲、見世物小屋が建ち並んでいたとのこと。

こうした歴史は、戦後発展した「秋葉原」や「日本橋」にはない魅力です。

というわけで、大須商店街にある歴史スポットや史跡を訪ねてみました。

大須古墳群

大須商店街の一帯には古墳が点在していたことから、「大須古墳群」と呼ばれたりします。

今のところ、次の4つの古墳が存在を確認されています。

  • 那古野山古墳
  • 大須二子山古墳
  • 日出神社古墳
  • 富士浅間神社古墳

このうち、古墳が現存するのは、那古野山古墳と日出神社古墳だけです。

大須二子山古墳は戦後の開発により姿を消しています。

那古野山古墳

那古野山古墳は、大須商店街の中にあります。

周囲をビルに囲まれているので、知る人ぞ知るスポットのようです。

場所は、大須観音のすぐ奥の辺りにあります。

鬱蒼とした巨木生えており、なんとなく他とは違う空気が漂っています。

詳細⇒大須商店街にある那古野山古墳

那古野山古墳

日出神社古墳

大須の北側、テレビ愛知の西側あたりに日出神社という小さな神社があります。

日出神社の境内の中には、古墳が残っています。

詳細⇒大須の日出神社古墳と日之出街園

日出神社

大須二子山古墳

大須二子山古墳は、スケートリンクのあたりにあったのですが、現在は消滅しています。

大きさが130メートルと推計されている、とのことで、愛知県では最大規模の古墳と言えます。

大須二子山古墳があった場所は、現在は、スケートリンクと本願寺名古屋別院(西別院)になっています。

詳細⇒中区の大須二子山古墳

大須古墳群
那古野山古墳の看板に、大須古墳群の歴史が紹介されています。

富士浅間神社古墳

wikipediaの解説を見ていたら、那古野山古墳の200メートルほど南にある富士浅間神社の中にも古墳がある、と書かれていました。

富士浅間神社の由緒によると、1495年に駿河の静岡浅間神社から勧請した、とのこと。

境内には「まねき稲荷」があり、珍しい「招き狐」が鎮座しています。

詳細⇒大須商店街の富士浅間神社と招き狐

富士浅間宮


織田信長ゆかりの万松寺

大須商店街の真ん中にある万松寺は、織田信長の父・信秀が1540年に創建したものです。

織田信長、徳川家康、加藤清正など、戦国武将にまつわるさまざまなエピソードがあります。

詳細⇒織田信長ゆかりの万松寺 大須商店街のおすすめスポット

万松寺

清寿院

大須商店街の那古野山古墳公園は、明治時代には「浪越公園」や「今泉動物園」がありました。

その前の江戸時代には、「清寿院」という禅寺がありました。

清寿院1

那古野山古墳の看板に描かれた、清寿院の境内の様子。
濃い緑色の部分が那古野山古墳。

清寿院の井戸

大須商店街の中に、清寿院の井戸が残っています。

清寿院の井戸水「柳下水」は、名古屋三大名水の一つに数えられていたとのこと。

柳下水

清寿院2

七寺(ななつでら)

富士浅間宮の路地をさらに南の方へと向かうと、大通り沿いに、「七寺(ななつでら)」という一風変わったお寺があります。

正式には、長福寺 といいます。

1611年、徳川家康の「清洲越し」によって清須から現在地に移転されました。

七つの仏閣を持つ七堂伽藍があったことから、七寺と呼ばれていたとのこと。

詳細⇒大須の七寺(ななつでら) 長福寺

七寺

信長ゆかりの総見寺(そうけんじ)

総見寺(そうけんじ)は大須商店街の真ん中にあります。

信長ゆかりの寺で、信長の肖像など信長由来の所蔵品がたくさんあります。

このお寺も1611年の清洲越しで、大須に移ってきました・

総見寺

安土の総見寺との関係

ちなみに安土の総見寺は、この寺の名のもとになったお寺で、信長が安土城に中に建立し、以後、織田家の菩提寺となっています。

山門

境内は公開されておらず、外からの撮影になります。

山門には仁王像が2体並んでいます。

比較的新しくできたものです。

日本で最初の博覧会

大須の総見寺のエピソードとしては、日本で最初の博覧会という名のイベントが催されたということです。

博覧会

大光院

大光院(だいこういん)は、徳川家康の四男の松平忠吉が開基となった寺です。

松平忠吉は関ヶ原後に清須52万石の城主となってこの寺を開基しましたが、早世したため、忠吉の法名の大光院を寺の名に改めたということです。

そして清洲越しによって現在地へ移ってきました。

遊女に信仰される

その後、近くに遊郭が出来た時には、この寺に遊女が参拝に訪問したということです。

赤門通りの名の由来

大須の赤門通りの名の由来は大光院の朱塗りの山門に由来します。

赤門通り

大光院の縁日

28日は縁日で赤門通りが賑わいます。

28日は、大須のお祭りの日なので、是非ここも訪れてみるといいかもしれません。

縁日


春日神社

七寺(ななつでら)から、さらに上前津方面へと向かうと、春日神社があります。

奈良の春日大社を総本山としています。

境内の由緒によりますと、鹿島神社(茨城県)から奈良の春日大社に武甕槌命を迎える際に、ここに宿泊したことにより、天慶2年(939年)に創建、とのこと。

建物自体は昭和のものですが、歴史はかなり古そうです。

春日神社3

春日神社1

三輪神社

新天地通を北上していくと、三輪神社があります。

矢場町の名の由来になった尾張藩の矢場がここにあったということです。

三十三間堂を模した長廊だったとのこと。

尾張藩は、三十三間堂の矢場で、紀州藩と通し矢競技を争ったエピソードがあります。

新記録を達成した尾張藩士星野茂則は、ここで練習したのでしょう。

三輪鳥居

三輪鳥居は、八の字にくぐると、三倍のご利益があると言われています。

三輪鳥居

幸せのなでうさぎ

境内の「幸せのなでうさぎ」は、なでるとご利益があると言うことです。

幸せのなでうさぎ

紙張地蔵尊

陽秀院という小さなお寺の中に、紙張地蔵尊という、これまたちょっと変わり種の地蔵堂があります。

お地蔵さんの横に、2枚10円で売られている白い紙を買って、自分の直したい部分に紙を張り付け、柄杓で水を掛けるのがお参り方法だそうです。

江戸時代からの風習だとか。

毎月28日が縁日ということです。 <br />

紙張地蔵尊

こちらの記事も参考になります。

赤門の大光院と陽秀院紙張地蔵

ご利益スポット・名古屋市中区大須「紙張地蔵」

大須観音

大須観音は、浅草観音、津観音(三重県津市)とともに、日本三大観音に数えられます。

大須観音の境内では、18日、28日には骨董市が開かれます。

特に28日は大須の縁日ということで、商店街全体が賑わいます。

大須の地名

大須の地名は岐阜県羽島市の大須と呼ばれる場所に由来します。

木曽・長良川に挟まれた土地です。

そこには古くから経典の集積地として知られた真福寺がありました。

徳川家康の命令で、1612年に真福寺を、現在の大須に移転させ、そこの地名を取ったのが由来となっています。

詳細⇒大須観音と北野神社

大須観音


まだまだたくさんある史跡

ここで紹介した史跡スポットは、一部です。

大須商店街にはまだまだたくさんの史跡があります。 @大須で紹介されています。