大須古墳群の一つ
大須二子山古墳は、大須古墳群の一つです。
現在の大須スケートリンクの付近に存在しました。
残念ながら、戦後の開発により、現在は消滅しています。
二子山というのは、前方後円墳を指してそう呼ぶことが多いようです。
場所
大須二子山古墳があった場所は、現在は、スケートリンクと本願寺名古屋別院(西別院)になっています。
地図
那古野山古墳にある看板に場所が記載されていました。
概要
大須二子山古墳の概要は下記の通りです。
- 形状:前方後円墳
- 墳丘長:100m以上
- 築造年代:6世紀前半
- 出土品:甲冑、銅鏡、馬具など
断夫山古墳に次ぐ大きさ
名古屋市内の古墳では、大須二子山古墳は、 愛知県で最大規模の断夫山古墳に次ぐ大きさのようです。
<ul> <li>断夫山古墳・・・151m</li> <li>大須二子山古墳・・・130m程度?</li> <li>白鳥塚古墳(守山区上志段味)・・・115m</li> </ul>
古墳の主は?
大須二子山古墳の築造時期としては、 熱田区の断夫山古墳や春日井市の味美二子山古墳と同じ、6世紀頃のようです。
6世紀前半は、継体天皇の時代です。
断夫山古墳と味美二子山古墳(全長96m)は、 それぞれ尾張連草香、目子媛の墓とする説もあるようです。
そうなると、大須二子山古墳もそれに近い人物の墓かもしれない、と思います。
消滅の経緯
ということで、かなり気になる古墳なのですが、 戦後になって、伏見通を拡張したり、大須球場を建設する際に、 全て破壊されたということです。
しかも、正式な発掘調査すらしてない、といいます。
常識では考えられない破壊行為が行われたわけです。
大須球場
ともあれ、大須球場は1947年に作られ、 1948年にはプロ野球の公式戦も行われました。
1953年に閉鎖され、現在はスポーツセンターとなっています