パロマ瑞穂スポーツパークとは
パロマ瑞穂スポーツパークとは、瑞穂スタジアムや瑞穂公園、野球場などの一帯を指すエリアです。
パロマ瑞穂スタジアムは、以前は「瑞穂グラウンド」あるいは「瑞穂陸上競技場」などとも呼ばれていました。
瑞穂公園周辺の主な史跡
山崎川沿いに、スタジアムや史跡がたくさんあります。
- 大曲輪貝塚
- 下内田貝塚
- あゆちの水・伝承地
- 瑞穂古墳群
- 瑞穂公園東児童園
- 鼎池
パロマ瑞穂スタジアムに人骨のレプリカ
パロマ瑞穂スタジアムの正面には、付近から出土した人骨のレプリカがあります。
サッカーや陸上競技の試合の応援の際に、見てみてはいかがでしょうか。
大曲輪貝塚
1939年、瑞穂陸上競技場建設の際に発見されました。
1980年、競技場改築の際に、その下に良好な遺跡が見つかりました。
発掘調査の結果、縄文時代前期から中世にいたるまでの複合遺跡と判明しています。
出土品
石器や土器、甕棺墓や竪穴住居などの他、ほぼ完全な人骨が出土しました。
出土品は名古屋市博物館で見ることができます。
また、人骨のレプリカが、パロマ瑞穂スタジアムの正面に置かれています。
おおぐるわ縄文ミュージアム
2026年にオープンするパロマ瑞穂スタジアムには、大曲輪貝塚などで見つかった出土品を展示する「おおぐるわ縄文ミュージアム」が併設されています。
参考URL:史跡 大曲輪貝塚の紹介
下内田貝塚
大曲輪貝塚の、山崎川を挟んだ反対側に、下内田貝塚があります。
レクリエーション広場の入り口のあたりに、立て札が立っています。
1939年に大曲輪貝塚とともに発見されました。
縄文から古墳時代にかけての遺跡で、石器や土器などが発見されました。
あゆちの水・伝承地
あゆちの水の伝承地が、パロマ瑞穂スタジアムの東側の雑木林の中にあります。
あゆち水の記念碑や石製の井桁があります。
付近は、かつて「琵琶が峰」と呼ばれていたそうです。
付近の井戸田という場所に流刑にされた平安時代の藤原師長が琵琶の名手だったことに由来するということです。
詳しくはこちら⇒年魚道(あゆち)の水の場所
瑞穂古墳群
瑞穂公園の中の、瑞穂球場の隣に、古墳(二号墳)があります。
巨大な石が残っていて、古墳の一部でしょうか。
二号墳は直径30mほどの円墳で、ほぼ原型を残しており、墳頂には円筒埴輪をめぐらしていた、とのことです。
一号墳、三号墳
豊岡小学校内にある一号墳は、学校の外からは確認できないようです。
三号墳は、瑞穂球場の中にあったとのことです。
かつては、3つの古墳を総称して、三ツ塚と呼んでいた、とのことです(参考情報)。
瑞穂公園東児童園の戦争遺跡
瑞穂公園東児童園の南東部の方形の区画には、戦時中に米軍のB29が墜落した跡があるとのことです。
さらに、近くの萩山中学の校庭内には、弥冨高射砲陣地があった様子もわかります。
調べて見る必要がありそうです。
鼎池
パロマ瑞穂スタジアムの隣にあるサブグラウンド「瑞穂北陸上競技場」は、戦前までは「鼎池」と呼ばれる池だったとのことです。
「中根村鼎池」として尾張名所図会に紹介されています。
山崎川にかかるお花見スポットで有名な「鼎橋」にも、その名前が残っています。
鼎池は萩の名所だったということで、付近の「萩山」という地名の由来となっています。
MAP
周辺地図はこちら> パロマ瑞穂スポーツパーク | 公園MAP
この記事は、2020年に投稿したものです。
2026年現在では、スタジアムの改修工事が行われていたため、内容に変更等がある可能性があります。