熱田神宮(名古屋市熱田区)の言い伝えや伝承を、時代ごとに紹介しています。
このページでは古墳時代のものをピックアップ。
ヤマトタケルの白鳥伝説
「古事記」、「日本書紀」に登場するヤマトタケルにまつわる伝承が、熱田の地にあります。
神話の記述では、ヤマトタケルは伊吹山で倒れて、能煩野(三重県)の地で没したことになっています。
その後、ヤマトタケルが白鳥となって舞い降りた地が白鳥御陵である、という伝承です。
もっとも、白鳥古墳の築造は6世紀初頭と推定されており、史実というよりも、言い伝えということになっています。
白鳥古墳の場所
名古屋市熱田区白鳥1-2
宮簀姫と断夫山古墳
伝承によれば、日本武尊の妃・宮簀姫(ミヤズヒメ)は、ヤマトタケルから託された草薙剣を守り続けてきました。
老いを感じ始めた頃、しかるべき場所に草薙剣を祀りたいと願い、その地を現在の熱田神宮の地と定めたということです。
伝承では、断夫山古墳は、宮簀姫の墓と伝えられます。「断夫」は、宮簀姫は夫を亡くした後、再婚を断ったことに由来する、とのこと。
考古学の立場から
断夫山古墳は、考古学の立場からは、築造は6世紀初頭と推定されます。
大型円筒埴輪などの出土品から、被葬者は尾張の豪族・尾張連草香、あるいは継体天皇の妃で、尾張連草香の娘「目子媛(めのこひめ)」ではないか、という説があります。
もしそうだとすれば、現在の天皇家に関わりのある人物の墓陵ということになります。
断夫山古墳の場所
名古屋市熱田区旗屋町